スペインかぜ(スペインインフルエンザ)1回目の流行期の和歌山県田辺町(現在の田辺市の中心部)の様子を地方新聞『牟婁新報』の記事を引き写してご紹介します(不二出版の『牟婁新報〔復刻版〕』第29巻より。読みやすくするため、旧漢字・旧かな遣いは当用漢字・現代かな遣いに変更するなど表記を改めています)。
その日その日
今度の病菌は甲より乙丙丁と感染する毎に毒力が強くなるとの事だ。そのため?後の患者ほど病勢が激しいようだ。まだ無難な人は充分注意なさい。また一度罹かった者だとて免疫期間はわずか2ヶ月位と云うからこれも油断は大敵だ。この間某家へある親類から見舞状が来たのに対し返事に一家全滅(ことごとく罹かった)と洒落たので親類大いに驚き早速香典を送ってきた??こんな滑稽はたくさんあろう。
大正7年(1918年)11月25日付『牟婁新報』
手揃った郵便局 これから故障も少なかろう
当郵便局事務員大部分悪性感冒に罹かり、ために電話に電報に故障だからけなりしが罹病者もようやく回復出勤執務せしにより事務は今や旧に復したり。しかし集配人にいまだ全治せざる者あるをもってこの方面は思うように行かぬらしい。
大正7年(1918年)11月25日付『牟婁新報』
湯銭の値上げ 昨夜から開業
悪性感冒流行のため当町会津川以東の湯屋はこの程来止むなくいずれも休業中なりしが、感冒も追々下火となりたるをもって昨夜あたりよりぽつぽつ開業したり。なお燃料(薪)暴騰のため湯屋組合よりその筋へ申請中の
大正7年(1918年)11月25日付『牟婁新報』
新地から
感冒で寝込んでいる芸妓はまだ17,8名ありますが、たいてい晩は箱切れです。
大正7年(1918年)11月25日付『牟婁新報』