院政時代の熊野本宮大社の領地は東京ドーム907個分!

白河法皇が院政を行なっていた1128年に書かれた記録(1535年書写「本宮文書第三号」)によると、熊野本宮大社の領地の面積は3,570町。

これは計算してみると東京ドーム907個分。

古代から中世後期にかけての1町の面積は約109メートル四方で、約11,881平方メートル。したがって3,570町は約42,415,170平方メートル。

東京ドームの面積が46,755平方メートルなので割ると907.17…。当時の熊野本宮大社の領地の面積はおよそ東京ドーム907個分に相当するのです。

しかもその領地のなかには476もの寺がありました。

今の熊野本宮大社とは全然スケールが違います。

上皇が熱心に通われた院政時代の熊野本宮は本当にすごかったのだと改めて思い知らされます。

尾花が下の思ひ草

ナンバンギセルが咲いていました。

花は紫で、茎は白く、葉らしきものは見えません。葉緑素を持たない寄生植物です。ススキなどのイネ科の植物の根から養分を奪い取ります。

『万葉集』には思草(おもひぐさ)の名で歌が1首詠まれています。下向きに咲く花がうつむいて物思いに耽っているように見えたのでしようか。

道の辺の尾花が下の思ひ草 今さらさらに何をか思はむ

『万葉集』巻10-2270 作者未詳

尾花はススキの花穂。思ひ草はススキの下に生えます。

花言葉は「物思い」。

ナンバンギセル
ナンバンギセル 2021.9.26撮影
ナンバンギセル
ナンバンギセル 2021.9.26撮影